萩原芳樹のブログ
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藤井輝雄さん演じる「ぼん太」の相方役「ぼん吉」を演じるのは、
「桂三四郎」君です。 その名でわかるように、桂三枝師匠のお弟子さんです。 先日、三枝師匠とお逢いしたところ、お弟子さんの演技がやはり気になるのか、この芝居を観に来られるとのこと。 その日は出演者全員が緊張しまくりになるのでしょうね。 三四郎くんは、昨年の「女芸人らん子のブル-ス」では、「お囃子」という裏方をしていただきました。 背が高くでハンサムでいて好青年。 稽古にも随分と付き合っていただき、稽古に来られない人の代役をよくやってもらいました。 それが、どの役をやっても上手なんです。 あやめさん曰く「三四郎は落語より芝居の方が上手い」と。 そんな訳で、完結編では貴重な役を演じてもらい、お客さんにもかなり好評でした。 そんな三四郎くんも今回の役は少し苦戦している様子。 ぼん吉は、ナマリがひどくて、セリフの全てをナマッてしゃべらなければならないのです。 関西出身の三四郎くんが無理やりナマるというのは、至難の業なんですね。 実際に昭和の時代には、かなり地方ナマリがひどくて、なかなか大阪弁をしゃべれない芸人さんも多かったです。 私の元相方の洋七がそうでした。 B&Bとして、初舞台用にネタを書いて稽古をしようとしたのですが、 「だんさん、今晩わ」という大阪弁のイントネ-ションが、いくら練習しても、妙なイントネ-ションになってしまうのです。 それに、漫才というのは言葉のリズムが大切です。 大阪弁でのリズムの良いかけ合いが、しゃべくり漫才の基本。 洋七は、一生懸命に大阪弁のイントネ-ションを勉強しようと努力しましたが、やればやる程全くダメ。 結局初舞台用に書き下ろした「しゃべくり漫才ネタ」を私は封印する決意をしました。 「基本のしゃべくりやめて、別のパタ-ンを考えよう」 洋七の表情は、悔しさで一杯のようでした。 でも、仕方がありません。 勝負にならない戦いなら、別の手段を選ぶしかないのですから。 悩んだ末、私は「唄ネタ」と「動きネタ」中心の漫才をやる決意をしました。 洋七は、何も言わずについて来てくれました。 さぞ悔しかったことだと思います。 ドラマで俳優さんが、変な関西弁を使って気持ち悪いと思われてる方も多いでしょうが、関西に育った訳ではない人が、関西弁をしゃべるというのは、本当に大変なことなのですね。 三四郎くんは、その逆に悪戦苦闘しています。 地方出身で、大阪弁をしゃべることができない役にチャレンジ中です。 三四郎くんが、果たして本物の地方出身者に見えるかどうか・・・ 是非、お芝居で確認してください。 PR
今日、藤井輝雄さんに念願のお子さんが誕生しました。
奥さんは42歳ながらの初産。 大変だったと思います。 ご夫婦で、なかなか子宝に恵まれなく悩んでおられたのですが、 本当に、おめでとうございます! あの藤井輝雄さんが、父親となった日・・・。 その模様は、「ごきげんブランニュ」で密着しておりますので、 また是非ご覧くださいね。 さて、そんな輝雄さんの、今回の役どころですが、 「Wぼんぼん」という漫才コンビの、ぼん太という役。 弟弟子の「ぼん吉」とコンビを組んでいる訳ですが、 これがまた、弟弟子に怒られてばかりという役。 「ネタをしっかりやらずに、受けんアドリブやりすぎや!」と、 まさに、藤井輝雄を地でやっているような役なのです。 芸人さんには、大きく分けて二つのタイプがあります。 舞台に立っているだけで華のあるタイプと、 もう一つは頑張って努力しているのに、華がもう一つないタイプ。 輝雄さんは、あきらかに前者です。 輝雄さんはステ-ジに立つだけで、何故か周囲を明るくしてしまう・・・ そんな天性のモノを持っている芸人さんです。 吉本では、坂田師匠以来ですかね。 そんな輝雄さんが、お休みの稽古の日は、「部屋の蛍光灯が一つ切れたような空気」なのです。 「お茶子のブル-ス」輝雄さん演じる「Wぼんぼん」のぼん太は舞台を明るくしてくれると思います。 父親になっての初アホ役・・・どうぞお楽しみに。
昨日はブログを更新できず、失礼を致しました。
「R-1」で東京泊まりでしたので。 昨日の「R-1」の件ですが、審査員の堺正章さんが、いきなり高得点をつけられて、その後ご自身も戸惑っていらした様子、TVを通じて伝わっていたと思います。 すみません!あれは私のミスです。堺さんに「一番には基準点からスタ-トする」という基本的な審査のコツを伝えてなかったからなのです。 堺さん、申し訳ありませんでした。 さて、池山心さん演じる「支配人」について、今日はお話しましょう。 支配人というのは、どこの寄席小屋にもいる人。 劇場の収支決済はもとより、寄席小屋全てを取り仕切っている人です。 芸人さんの出番の割り振りも、勿論支配人の仕事。 まぁ、ベテランや、人気者に関しては、ギャラの問題やら色々あって、仕方なく組まれることも多いのですが、若手に関しては、結構支配人の好みで若手が選ばれたりします。 私が「B&B」として初舞台を踏んだ名古屋の「大須演芸場」の支配人は名古屋ながら、しっかりと若手を見て育て上げようとする度量の方でした。 私が初舞台を踏むずっと以前、「コント55号」と「やすしきよし」が初めて同じ舞台を踏んだのが、この劇場。 勿論、当時はどちらも無名の若手でした。 「やすしきよし」の漫才を見た萩本さんは、「凄いしゃべくりだな。我々はしゃべりでは到底勝てない。動き一本で勝負しよう」と。 一方の「やすきよ」は、「凄い動きや!動きでは勝てんから、しゃべくりで勝負しよ」と、なったそうです。 その後、東西を代表する二大コンビとなる訳ですが、この大須演芸場の出会いがなければ・・・と思うと、支配人の力って凄いと思います。 支配人自らリクエストされてのキャスティングなのかどうかはわかりませんが、もしそうだったとしたら、日本のお笑い史上凄いことをやった方なんですね。 そんな大須の支配人ですが、若手に対してはホントに優しい方でした。 我々が初舞台の10日間ずっと優しく舞台を見ていただいてました。 そして、確か7日位経った土曜の夜のことでした。 相方(今の洋七)が、急に大阪に帰りたいと言い出したのです。 「悪いけど、毎日こんな楽屋に寝泊まりしてて、寂しすぎるわ。俺、嫁のところに帰りたい。明日の朝には、必ず戻って来るから、俺今夜は大阪に帰るな」と、一人大阪に帰ってしまったのです。 昼間はお客さんの笑い声がこだまする寄席の小屋。 夜になり、誰もいなくなった小屋は不気味ですらあります。 楽屋でワイワイと夕飯を終えた後、ほとんどの芸人さんは旅館に帰ってしまいます。 人のけはいもない楽屋で、相方と二人で寝ていた毎日・・・。 相方は、それがたまらなかったのでしょう。 でも、私は正直違いました。 夜中に劇場の客席にポツンと一人座ってみたりしました。 でも、「寂しい」とか「不気味」とかは、いっさいなく、「ああ、ここで明日はどれだけのお客さんが来て漫才を見てもらえるのかなぁ」という希望で胸一杯だったんです。 初舞台を踏めている・・・そんな喜びの方が強かったのです。 その土曜の夜、相方も帰ってしまい、暗い楽屋に私一人。 楽屋にはTVすらありません。 私は、まだ10時頃というのに、布団を敷いて横になっていました。 「順ちゃん、今夜は一人なんだって?」 支配人が、楽屋を訪ねて来てくださいました。 「ハイ、もうすることないんで、早く寝ようかと思いまして」 「若いもんが、こんな時間から寝てどうすんの?今日は土曜の夜。どっかに遊びに行ったら?」と、言った後、支配人は悪いことでも言ってしまったかのような顔。 「そうか、そんな金、ないよね。ゴメンね」と。 「オ-ルナイトの映画、行こうか。そうしよう!」 支配人は、一人楽屋にポツンといる私を哀れと思ったのか、オ-ルナイトの映画に誘ってくださったのです。 支配人ご夫婦と、私の3人で賑やかな夜の名古屋の街に出かけて、その夜はオ-ルナイトの映画をおごっていただき、その後食事もご馳走になりました。 「君等は売れるよ!頑張りなさいよ!」 支配人ご夫婦が熱く私を励ましてくださいました。 そのオ-ルナイトの映画、何だったのかは忘れましたが、 私は映画を見ながら泣いてました。 別に涙が出るような映画でなかったことは確かです。 支配人ご夫婦の優しさに、私の涙腺が勝手に反応してしまっただけのことでした。 芸人をこんな風に熱い視線で見守って行く支配人という仕事。 人情味のある人でしかできない仕事なんでしょうね。
「お茶子のブル-ス」続いてご紹介するのは、支配人役を演じる「池山心」さんです。
寄席小屋には、芸人さんの出番を決めたりする「支配人」という方が必ずいる訳ですが、この「支配人」については、また後日お話するとして。 池山さんについてですが、藤井輝雄さんと「しましまんず」というコンビを結成して、20年以上になると思います。 どちらも、誰からも好かれて、大変仲の良いコンビです。 池山さんは、昨年の「女芸人らん子のブル-ス」では、「ヘンリ-井上」という役を満点の演技でこなされた方。 「ヘンリ-井上」は、元々「スカタンボ-イズ」というコミックバンド出身で、キャバレ-のギタ-弾きの方が金になるという理由で転向。 そこで、歌手のネネと出会い、同棲生活を始めます。 しかし、ネネは芸人の道を選び、ヘンリ-のもとからも離れて行きます。 この後、ヘンリ-はグル-ブサウンズのメンバ-に抜擢されるのですが、麻薬で逮捕となり、その後は行方不明。 そんなある日、ストリ-トで歌いながら、路上暮らしをしていたヘンリ-をネネ(らん子)が見つけます。 ネネの説得で、ヘンリ-は再びネネと同棲生活を始めます。 が、仕事もせず、ネネの財布から金を抜いてはギャンブル三昧の日々。 「女芸人らん子のブル-ス」の一話から二話にかけてのスト-リ-ですが、この「ヘンリ-井上」という人物、優しさを口では表現できないシャイな男なのです。 ネネに偉そうな発言をしては、本当は心の中で後悔しているような男。 こんな男の姿を、池山さんは見事に演じられました。 「子役出身」というキャリアは凄いもんですよね。 そうなんです。池山さんは、子役出身で「さんま劇団」のオ-ディションに受かり、吉本入りした人。 そして、当時「4時ですよ~だ」でアマチュアのピン芸人として注目を浴びていた藤井輝雄さんとコンビを組むことになります。 私とは「夕焼けの松ちゃん浜ちゃん」というダウンタウンのコメディが出逢いでした。 「しましま」の二人は、コメディの冒頭に必ず登場する高校生役。 この番組が終了して、レギュラ-だったほとんどのメンバ-は、ダウンタウンの後を追いかけるように、東京へ行きました。 しかし、「しましま」の二人は、大阪に残ったままマイペ-スで現在まで活動を続けられています。 先輩からも後輩からも愛されるお二人の存在は、大阪では大きな存在です。 そして、この池山さんはバンドも結成されている多才な方。 今回のお芝居でも、劇中に支配人の池山さんが、ギタ-片手に歌うシ-ンがあります。 スト-リ-上、大切なシ-ンなので、詞は私が作り、池山さんに曲を作ってもらいました。 なかなか良いメロディに仕上がっています。 どんな曲なのか・・・是非お芝居をご覧ください!
今、「R-1ぐらんぷり・サバイバルステ-ジ」を終えて、東京のフジテレビから、帰って来ました。
7年前にスタ-トした時は、地味な手作り感覚で始めたのですが、すっかり「R-1」は化け物のように、時代とともに、勝手に大きくなって行くことが恐ろしいです。 今日の「サバイバルステ-ジ(敗者復活戦)」の持ち時間は3分。 明後日の決勝では4分の勝負です。 この持ち時間って、果たして長いのでしょうか?それとも短いのでしょうか? 「レッドカ-ペット」や「エンタ」では、一分程度の勝負。 ということで、「R-1」では、きちんとしたネタ構成やら、実力が問われるようです。 それでも、4分程度でしか勝負させることしかできないのでしょうか? 「R-1」をスタ-トした時、「落語家よ、原点に戻れ!」がテ-マでした。 すなわち、落語家の元祖と言われている「米沢彦八」という人物は、江戸時代に、大道芸をやっていた人物。 今のような古典落語が完成されるのは、それから随分後のことになります。 大道芸であった米沢彦八は、通行人の足を止めるべく、少しでもアキさせない芸をやっていたのでしょうね。 私は、ここでハッと気付いてしまったのです。 そうなんです! 今のTVというのは、まさしく大道芸と同じ。 少しでも、あきさせてはチャンネルを変えられてしまう。 古典落語を大切にする余り、冒険心のない落語家さんに渇をと、思ってスタ-トした「R-1」ではありましたが、結果として「TV大道芸芸人」を作ってしまうという現象を作ってしまったのかも知れません。 京橋花月3月公演「お茶子のブル-ス」の世界に浸っている昨今、昭和の時代と、平成の今とのギャップの怖さをしみじみと感じてしまいます。 芝居の舞台となる昭和の頃、芸人さんの持ち時間は、15分~20分が当たり前でした。 それが、「あれよあれよ」と思う間に、どんどん短縮されてしまうTVって恐いですよね。 10年後の「お笑い番組」ひょっとして、5秒ネタとか、10秒ネタの芸人さんが、ブラウン管に現れては消えて行くという時代になるのでしょうか? そんな時代がもし来たら、TVに本物の芸人は出なくなります。 あ~恐ろしや~恐ろしや~!
日活のプロデュ-サ-は、ブツブツ言いながら、約百枚の原稿を一時間もかけて、破り続けました。
でも、一枚だけがテ-ブルの上に、破られず残されたままでした。
「この一枚だけ、笑えるのでもらっておくわ」と。
その一枚に私が書いていたのは、映画の本筋と全く関係ないシ-ン。
下着泥棒が、夜中にアパ-ト屋上の洗濯の物干し場に潜入して、
女性のパンツを盗むというシ-ンです。
盗んだ後、その場から立ち去ろうとするのですが、下着泥棒は
「悪いことをしたな」と、感じて、
自分のはいていたパンツを脱いで、物干しに干して立ち去るというシ-ンでした。
全くどうでもいいシ-ンのみOK・・・「これは余計バカにされている」と、私は重い足どりで打ち合わせの喫茶店をあとにしました。
一週間後には、ゼロから書き直した脚本を持って来る約束で、
すぐに帰って、新たな構想を練らないといけないところでしたが、
すぐ家に帰る気もしません。
どこかで、ヤケ酒でも呑みたい気持ちでしたが、そんな金もなし。
乃木坂から赤坂へと向かい、ちょうど吉本東京支社の前を通りがかったので、立ち寄ってみることにしました。
「ここでコ-ヒ-でもご馳走になって雑談すれば、気も晴れるかな」という思いで。
吉本東京支社の部屋に入ると、支社長さんが奥から手招きをして、
「萩原くん、この人、井筒和幸監督や。知ってるやろ」と。
井筒監督が、たまたま遊びに来られていたのです。
「そうそう。萩原くんは日活映画の脚本頼まれたとか言うてたな」と、支社長。
「ハイ、ちょうど今、脚本の一稿を持って行ったところなんですけど」と、私が力なく言うと、
「元気ないなぁ、どうやったんや?」と、井筒監督。
「ほとんどビリビリに破られて、一枚だけ残して『これだけ笑えるからもらっておくわ』言われたたんですわ」私が言うと、
「オマエ、凄い奴やなぁ」と、監督の言葉。
「例え1ペ-ジでも、日活のプロデュ-サ-に、笑えると言わしたのは凄い。笑える脚本なんか、そうそう書けるもんやない!オマエ、頑張れよ」
さすが井筒監督・・・なんというポジティブな方なのでしょうか。
このことを境に、私は少々のことではヘコまない作家に成長できました。
さて、お芝居に登場する「漫才作家」から話が随分それてしまいましたが、十銭家太一という漫才作家役の徳富啓太さんについて、お話することにしましょう。
徳富さんは、「トクトコ」という漫才コンビを組んでいて、今も多方面で活躍されています。
このコンビ、デビュ-当時はビジュアル系でかなり女の子に人気もあったのですが、今の二人はパソコン芸人のオ-ソリティです。
私がバソコンで何か困った時、まず真っ先にSOSの電話をするのが、このコンビ。
このホ-ムペ-ジも、徳富さんに作っていただきました。
「ホントに有り難う!感謝してます」
そんな徳富さんですが、私が以前シナリオ学校で、お笑い台本を生徒が書いて来たのを添削して行く授業に、いつも見学に来られていたことがありました。
「何故?」と、聞いたところ、
「自分だったら、こう言おうとするところを、先生はどう言うのか、それが楽しみで」と。
タレントさんなのですが、作家の気質を充分持っている人なんですね。
それに、人前では感情を見せようとせず、常に冷静な人・・・。
今回の「十銭家太一」という漫才作家そのものの人なんです。
この漫才作家の存在が、今回の「お茶子のブル-ス」の大きな核となります。
是非ご覧ください。
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