萩原芳樹のブログ
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キャバレ-歌手の「愛川ネネ」が急遽「こまどり娘」の一員として舞台に立つことになってしまった。
ネネを楽屋に連れて来た元スカタンボ-イズのヘンリ-は、笑いながら「面白いから出たれ」と、そんな状況を楽しんでいる様子でもあった。 いきなり寄席の舞台に出ろと言われても、勿論ネネには自信がない。 それどころか、すでに緊張の余り心臓が飛び出しそうにバクバク状態である。 「アカン!心臓が飛び出そうやわ」 と、言った瞬間、本当に心臓が飛び出たような錯覚になり、 「ウチの心臓、どこどこ?」 と、辺りを探し始めるネネ。 小柄のぴん子は、そんな様子を見て笑いながら、 「オモロイがな。それ舞台でやってみ。ウケるから」 ネネはもはや自分が自分でなくなっている状態である。 ぽん子が丸々と突き出たお腹をさすりながら、こう言った。 「軽い気持ちで舞台に立ったらええのや。軽~い気持ちでな。失敗してもお客さんを傷つける訳でもなし、何も迷惑をかける訳でもない。笑うてもらわれへんだけのことや」 ぴん子が続ける・ 「そうや。シャベクリは私等二人がやるよってに、あんたは紹介されたら唄うだけで充分なんや」 「お願い致します!」 楽屋にいたレモンやイチゴ、お茶子さん達に送られながら、ネネは舞台へと向かって行く。 足は緊張の余り、すでに震えが止まらないガクガク状態であった。 三味線や太鼓の出囃子がなり、「こまどり娘」の3人が笑楽座の舞台のセンタ-へと向かう。 2百ほどの客席に半分ほどの客の入り。 登場した「こまどり娘」の3人のメンバ-の一人が違うことに客も全員気付いていた。 らん子の代わりに登場したネネを見て、客達は怪訝な表情に当然なった。 38マイクと呼ばれるセンタ-マイクの前に立った3人。 「ようこそいらっしゃいました!こまどり娘のぴん子で~す!」 開口一番、小柄のぴん子が体のどこから出ているのかと思う程の大声で叫ぶ。 「ぽん子で~す!」 こちらはお腹の全脂肪を共鳴させるような大声。 「そして、こいつが・・・」 と、ぴん子が何げにネネを紹介しようとした、その瞬間であった。 「私は、私は・・・誰でしょね?」 思わずネネの口から、そんな言葉が出た。 そういえば急の代演なので勿論芸名すら決めてもいない。 ネネがついついそう言ったことは間違いないのだが、この意外な自己紹介に客はスカされて爆笑となった。 「笑いの方程式」の一つに「スカシ」というテクニックが存在する。 つまり、客の予想を大きく裏切ることによって起こる笑いである。 ネネは初舞台の「ツカミ」で、偶然スカシ芸をやってしまったのであった。 「皆さん、いつものらん子とは違う女が出てると思っているでしょう?でも、実はらん子なんですよ」 アドリブか計算かは理解できないが、ぴん子がそんなことを口にした。 ネネは当然ビックリしたままの状態。 「実は整形手術に失敗して、こんな顔になってしもうたんですわ」 ぴん子のセリフに、またまた客は大爆笑。 「どこで整形したのか知らんけど、顔が大きいなる整形手術って、聞いたことありますか?」 ネネの顔は実際デカかった。 ぴん子の二倍程度はある。 客はまたまた大笑い。 自分の顔のことを悪く言われたので、ネネは思わずこう返した。 「ええ加減にしてや!」 また大爆笑であった。 本当に思ったことを口にしただけなのに爆笑になった。 なんと初舞台で見事な「ツッコミ」もやってしまったというビキナ-ズラックの連発。 その時、笑っている客の顔を見て、ネネは自分の体に不思議な旋律が走るのを感じたのである。 漫才なんか全く素人であったネネ。 そんなネネが初舞台で、お客さんに笑ってもらえるという快感を知ってしまったのである。 ネネの初舞台は成功のうちに無事終了した。 得意の「青江美奈」のモノマネ歌でも拍手喝采を浴びた。 舞台の袖に戻った瞬間、ネネの全身には「やりきった後の脱力感」が走った。 ネネにこの脱力感が走るのは二度目である。 一年前、キャバレ-のホステスとして働いていた時、急にショ-の歌手に穴が開いて代演することになった時のこと。 同棲していたギタ-弾きのヘンリ-の励ましもあって、初めてキャバレ-歌手として拍手喝采を受けた。 その時と同じような全力投球した後の脱力感であった。 「あんた、明日もウチのリ-ダ-のらん子姉さんが来ないと思うから、また代演してくれるかな?」 小柄のぴん子が舞台の袖で囁いて来た。 「うん!」 ネネは、もう一度寄席の舞台で、ついさっき味わった快感をまた味わいたいと思ったのであった。 PR
トコトントコトントコトン ベンベン
トコトン ベンベン トコトン ベンベン 下座三味線の音と、太鼓の音が鳴り響く。 ここは「笑楽座」と呼ばれる大阪ミナミにある小さな寄席小屋の楽屋である。 若手落語家の「遊々亭笑遊」が扇子と手ぬぐいを持ち、難しそうな表情で舞台に向かう。 「お願い致します!」 と、元気な若い女性の声が響いた。 「レモン・イチゴ」という芸名こそつけてもらってはいるが、まだ舞台経験もない女性漫才コンビだ。 「お願い致します!」 と、深々と頭を下げて笑遊を舞台に送り出す。 寄席の世界では、舞台に上がる前には、 「お願い致します」で、 舞台を終えて楽屋に戻って来た芸人さんには、 「お疲れ様でございました」 と、挨拶するのが決まり事になっている。 逆に舞台に出る方は、 「お先に勉強させていただきます」 と、舞台に向かう。 お茶子の「きみえ」さんと、「ますみ」さんが、ソワソワした様子でやって来た。 お茶子さんとは、楽屋の世話をするオバサン達のこと。 「レモンちゃんにイチゴちゃん、あんた等の師匠はまだかいな」 と、心配そうに声をかけた。 レモンとイチゴの師匠は「こまどり娘」という売り出し中の女性音曲トリオである。 女性3人が、それぞれ楽器を持ち、漫才の合間に楽器の生演奏で歌を聴かせるスタイルが、その頃どこの寄席小屋でも人気の存在であった。 衣装も華やかであり、女性3人が楽器を持って歌うという漫才スタイルは舞台に花が咲いたようで寄席小屋もパッと明るくなったものである。 「こまどり娘」の3人のメンバ-を紹介しておこう。 「柳流亭らん子・ぴん子・ぽん子」という3人。 終戦から昭和30年代にかけて、浪曲師あがりの「柳流亭おまん」という女流漫才師が寄席の人気者であった。 その「柳流亭おまん」の3人の弟子で結成されたのが「こまどり娘」である。 一番弟子でリ-ダ-の「らん子」は、師匠譲りのノドが自慢。 二番弟子の「ぴん子」は、浪曲師の家の子として生まれ、天才浪花節少女と呼ばれながらも、海外で修行を積んだという変わり者である。 そして、三番弟子の「ぽん子」は、岡山から中卒の集団就職で大阪の工場に働いていたが、「おまん」に憧れて弟子入りしたという経歴。 「ぴん子」と「ぽん子」が楽屋にやって来た。 「ぴん子」は、小柄にして繊細な神経を持ち、時代のセンスに遅れまいと普段着にも気を使っている女性。 一方の「ぽん子」は、まるで呑気な「ただのデブ」であった。 出番の時間が迫っているというのに、リ-ダ-の「らん子」は楽屋に現れない。 どんどん時間ばかりが経過して行く。 「リ-ダ-のらん子は、いったいどこへ行ってしまったのだろうか。らん子の身に何が起ったのだろうか」 「らん子」抜きでは舞台には上がれない・・・。 何しろ客は、「こまどり娘」の漫才よりも、「らん子」のノドを楽しみに足を運んでくれているのだから。 そんなところに、元コミックバンド「スカタンボ-イズ」のメンバ-で、今はキャバレ-のギタ-弾きをしているというヘンリ-という男が、一人のキャバレ-歌手を連れて楽屋に遊びに来た。 「愛川ネネ」という少し頭の弱そうな女である。 「あんた歌手なら歌えるやろ?ニセらん子になって代わりに舞台に出てよ」 こうしてキャバレ-歌手の「愛川ネネ」が「ニセらん子」となって「こまどり娘」の一員として舞台に上がるところから、この物語は始まる。 時は昭和43年。 巷では「空前のグル-プサウンズ人気」の年であった。 そんな時代に三味線やアコ-ディオン片手に漫才を披露する音曲漫才の存在。 「こまどり娘」は、そんな新たな時代と戦って行くことになる。
6月にABCホ-ルで公演致しました「キャバレ-哀歌」
最後の舞台挨拶でも「これは『らん子0の物語』です」と申し上げましたが、一昨年に三部作で上演した「女芸人らん子のブル-ス」を全てご覧になった方は、ごく一部だと思います。 そこで、このブログで「女芸人らん子のブル-ス」の一話~三話の完結編までを小説的にブログで綴って行こうと思っております。 我々のやっている仕事は、TVにしろ舞台にしろ、一過性のモノばかりで、終わってしまえば何もかもが忘れられてしまいます。 そんな訳で、「女芸人らん子のブル-ス」も、何かの形で残しておきたいという気持ちもあり(ちょっと手間のかかるブログですが)始めてみようと決意しました。 脚本は残してあるので、それを掲載してしまう方が簡単なのですが、文章で理解していただく為に、あえて小説風(本格的小説ではありません)に綴ってみようと思います。
ヨンちゃんの中学時代、それはそれは両親の教育が厳しかった。
夕食の時間や、お風呂の時間も決められて、あとの時間は部屋で勉強するように言われていた。 でも、ヨンちゃんはサラサラそんな気はない。 勉強しているフリをして、こっそりとラジオを聴いていたり。 ラジオで落語があると集中して聴いた。 放送が終わって復習をしてみる。 今放送であった落語をそのままに自演してみるのである。 そんなこんなで中学時代にラジオを聴いて覚えてしまった古典落語のネタが7~8話はあった。 また、TVで見たコメディアンの新しい動き芸を見ると、とにかく出来るまで自室で何度も繰り返す。 全身を柔らかくゥェ-ブ状態にして歩く芸やら、首だけが奇妙に動く芸等々。 ある時、そんなことを自室でやっていたヨンちゃんを、「勉強してるかな」と、こっそり部屋を開けたお父さんに見つかってしまったことがあった。 「勉強してるかな」と、こっそりとドアを開けたお父さんは、コメディアンの動きを一人やってるヨンちゃんを見て、キョトンと。 「芳樹!何してるねん!」 何してるか・・と聞かれても説明できない行為である。 やめられなくなったヨンちゃんは暫くコメディアンの動きを続けるしかなかった。 お父さんは心底大きなため息をついた。 「ヨンちゃん物語」思い出すままに綴ってまいりましたが、この辺で最終回にしたいと思います。 まだまだ書き綴る内容はあったのですが、自分の裸を見せるのは、この辺りでピリオドを打っておきます。
「芸能人にファンレタ-を送ると、結構返事をもらえるらしいよ」
ヨンちゃんが、そんなことを耳にしたのは中学一年の時であった。 果たしてそんな噂が本当なのか・・早速ファンレタ-を書いてみることにした。 まず手始めに「クレ-ジ-キャッツ」のメンバ-7人全員に。 そして、「藤田まこと」さんに「大村崑」さん。 宛先は、全てタレントさんの自宅の住所である。何故芸能人の自宅住所がわかったのか・・。 個人情報が何かと問題の今とは違って、当時は雑誌に当たり前のように芸能人の自宅住所が掲載されていたのである。 1973年のアイドル雑誌「月刊明星新年号」に、ヨンちゃんがB&B時代の記事が掲載され、当時ヨンちゃんが住んでいた西成区玉出のアパ-トの住所が普通に載っていたような時代。 さて、ファンレタ-の返事だが、やはり全くナシのつぶて。 唯一クレ-ジ-の石橋さんだけから年賀状で返事があった。 でも、印刷の年賀状だけでも充分満足だった。 TVで見ていた芸能人から便りが届く喜び。 「ル-キ-新一」さんと「財津一郎」さんにも送った。 ル-キ-さんから返事はなかったが、財津さんからは便せん4枚もの手書きの返事が返って来た。 内容は「プロフィ-ルを教えてほしい」という大変失礼なファンレタ-であったが、財津さんは丁寧にご自分の育ちから芸能活動の経歴全てを手書きにしてくださったのである。 ヨンちゃんは、このことで芸能人と自分との距離感が随分縮まったような気になった。 そして、新喜劇の「井上竜夫」さんにもファンレタ-を送り、これが文通のようになってしまうのである。 財津一郎さんとは、後日ヨンちゃんが放送作家としてご一緒させてもらった時、その時のお礼を述べた。 さすがに財津さんは「そうですか。全く覚えてないのですが、そんな手紙をね・・」と、正直に答えてくださった。 いい加減な芸能人なら「覚えてますよ」と、ウソをつくところ。 それを正直に「覚えてません」と、答えられた財津さん。 そんな正直な方であるからこそ、中学一年のヨンちゃんのファンレタ-にも丁寧な返事を書いてくださったのだと思う。
ヨンちゃんが6年の一学期、選挙で児童委員長に選ばれた。
学校によっては、児童長という呼び方もあるが、学校全体をまとめる大切な任務である。 でも、ヨンちゃんは学校全体のことなんて全く考えたりする気もない。 ただただ毎週月曜日の全校朝礼で、朝礼台に立って喋られることと、校内放送を自由に使えることが楽しかった。 朝礼台では、礼をする時わざとマイクに頭をぶつけてみたり・・笑いが取れれば満足していた。 そういえば校内放送で、先生に思いっきり怒鳴られたことがあった。 土曜日の午後、児童委員会があり、出席の人は弁当を持って来てくださいという内容を告げるだけの放送だったのだが・・・。 「緊急放送!緊急放送!」と、ヨンちゃんは校内放送を始めた。 緊急放送とは、余程大変なことがあった時のみ使われる言葉であり、緊急放送と聞けば、全校生徒は勿論のこと、先生も全員その場に立ち止まって聞かなければならない決まりなのである。 学校内全てが立ち止まり、緊張感が漂うのを感じたヨンちゃん。 「緊急放送です!明日、児童委員会に出席する人は弁当を持って来てチョンマゲ。以上緊急放送でした」 校内でどよめきのような笑い声をヨンちゃんは感じた。 と、すぐに先生が放送室に飛び込んで来て、 「オマエ!緊急放送の意味もわからんのか!」と、ドヤされた。 ヨンちゃんの児童委員長は生徒には人気があったが、先生方には評判が今イチのようであった。 同じ学校で教員をしていたヨンちゃんのお母さんは、さぞ片身が狭かったのだろうなと思う。 でも、児童委員長としてやったイチビリ行為には、家でも全く触れなかった。 一時は登校拒否寸前にまでなっていたヨンちゃんが元気にやっているだけで嬉しかったのかも知れない。 |
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