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萩原芳樹のブログ
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今日と明日の二日間開催されている「彦八祭り」に行って来ました。

今年の実行委員長は、我一座のメンバ-である「桂あやめ」さん。
正午過ぎに、生國魂神社に行ったのですが、それはそれは、押すな押すなの大賑わい。

思えば、どこの大企業が戦略としてやっている祭りでもなく、「噺家」さん達が集まって、自主的に始めたお祭り。
それが大賑わいなので、私は感動すらしてしまいました。

上方落語協会の重鎮の人達が、出店を作り、人対人のコミニュケ-ションを作る、年一回の素晴らしいお祭りだと、改めて敬服致しました。

「米沢彦八」
江戸時代元禄の頃、この生國魂神社の境内にて、大道芸をしていた人物です。
上方落語の祖というか、落語の原点でもある人物です。

今も残されている「彦八軽口話し」には、こんな噺があります。
とある高貴な武家とも思われる女性が、自分の子供が淀川に溺れようとしています。
母は叫びます。「・・・・・・・・・・」
高貴な身分なので、名前が長すぎて、叫んでいるうちに子供は溺れてしまったというブラックです。

こんな噺が、当時の大阪では脚光を浴びたらしいのです。
江戸に比べて、大阪は庶民の町。
高貴な人間を、ブラックユ-モアで笑い飛ばすことに、さぞ拍手喝采を送り、多くの投げ銭をみんなでしたことでしょう。

落語の原点が、そんな庶民的なところにあり、そして今もそんな庶民パワ-が確実にある。

改めて「素晴らしい!」という実感です。

今はTVも、吉本も、東京ベ-ス。
時代だから仕方ない・・・と、世間は思っているのかも知れませんが、祭りの賑わいを見て、私は元気が出て来ました。

「笑いはやっばり大阪や!政治や権力でどうできるもんでもない!」と。

「女忍のブル-ス」頑張ります!
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「らん子のブル-ス」では、「ヘンリ-」という芸人崩れのバンドマンの役を見事に演じてくれた心さん。

今回は「影法師の不二丸」という腕の立つ忍者の役です。

「影法師の不二丸」は、河内の百姓の三男として生まれ、伊賀から来た百地三太夫に6歳の時、買われて行った運命。

当時、河内辺りの農家の次男坊や三男坊を、伊賀から「人買い」のようにして、忍者に育てる為に連れて行かれたようです。

「一人前の立派な忍者になれば、銭を稼げる」
そんなことを言われて、河内から連れて来られた不二丸は、忍者修業に励んだことでしょう。
でも、心の中には、どこかポッカリと穴が開いた状態だったかも知れません。

「俺は何の為に生きているのか・・・」
おそらく心の中では、そんな葛藤をしていた筈。
でも、「不二丸」は、決してそんな自分の素顔を見せない男です。

「珠光小茄子」という凄い宝を奪い合う・・・「女忍のブル-ス」のスト-リ-です。

この宝を不二丸は、奪おうとする訳ですが、「何の為に奪うのか」を、芝居の中でも、あえてふれてはいません。

何を考えているのか不明な男・・・それが「影法師の不二丸」です。
どこか「ヘンリ-」と、似ているような気もします。

カッコいい「池山心」さんの殺陣と、お芝居・・・心ファンにはたまらないと思いますよ。
「女忍のブル-ス」では、他の忍者映画や忍者芝居ではメッタに登場しない、「くのいちの母娘」が出て来ます。

主人公の「おこぜの明日香」の母である「白鷺のお京」を演じるのは「桂あやめ」さんです。

今回「彦八祭り」の幹事もされていて多忙な中、出演していただきます。

「白鷺のお京」は、元は「くのいち」だったのですが、今は年なので現役を引退して農作業の日々。

実際にこの時代、下忍達は忍者稼業のかたわら、上忍の田畑で農作業をしていたようです。

でも、下忍達の老後は大変哀れであったようです。
というのも、働き者の下忍達は、上忍にとっては銭になる存在ですが、現役を引退すると、単なる無駄飯喰いのジャマ者扱いされたとか。

そんな中、「お京」は、農作業中に「鎌手裏剣」で猪を射止めたりするたくましい女性です。

「お京」は「明日香」と二人で「下忍小屋」で暮らしているのですが、明日香の父親のことを余り喋ろうとはしません。

しかし、明日香の出生に関して、とんでもないことが判明してしまうのです。
それは、観てのお楽しみで゜す。
昨年から続けております、この一座の人気役者である藤井輝雄さんが、今回演じるのは、「外道の三助」という役です。

出演者のほとんどは、伊賀の上忍である百地三太夫の下忍仲間。
そんな中で「外道の三助」は、子供達の教育係です。

教育係という言葉の響きは優しいですが、実際その時代に伊賀の里で子供達に修業させていた内容は余りにも過酷であったようです。

まるで「人買い」のように連れて来た子供に厳しい修行をさせる。
崖から突き落としたり、池に放り込んだり・・・。

勿論、大ケガをして半身不随になってしまう子供もいたり、死に至る子供までいたとか。

そんな修行をさせている教育係ですから、極悪非道極まりない人物だったと思われます。

でも、この物語では、輝雄さんがやっているので、ホンワカしたマヌケな教育係になっています。

輝雄さんは、私生活でも自ら自分の子供のオムツを替えたりしている日々。
良きパパなのです。

それともう一つ、藤井輝雄ファンには、誠に申し訳ないですが、今回の芝居では彼のギャグシ-ンはありません。
あしからず。
「お茶子のブル-ス」では、漫才作家の役を見事に演じた徳富さん。
今回の役名は「毒蛇の弥平次」

名前だけ聞くと、悪い奴のイメ-ジですが、ヒョウヒョウとしていて、徳富らしい味のある役になっています。

戦国時代の伊賀には、忍びを仕事とする忍者が多かったことは当たり前ですが、道具を作ったり、毒薬作りを専門にしていた人達もいたとか。

「毒蛇の弥平次」は、忍者として敵に忍び込んだりせず、里にいて毒薬作りや、焙烙玉ばかりを作っている科学者のような忍者です。

劇中に出て来るのが「犬殺しの薬」
敵に忍び込んだ際、犬に吠えられては困るので、まず犬を抹殺する薬が必要だったそうです。

他の毒薬としては、敵を「うつけ」にする「阿呆薬」もあったとか。
現代風に言えば、麻薬ですね。大麻のことです。

他に「トリカブト」や「ケシ」等も収集していたようです。

逆に秘薬も随分あったとか。
「センプリ」「ゲンノショウコ」「マクリ」等も、その頃重宝していたようです。

劇中に「スオウを探して来るから」というシ-ンがあります。
「スオウ」とは、下痢止め、虫下しにも使用したのですが、抗菌作用もあり、傷の手当てに使っていたそうです。

でも、こんなに秘毒や秘薬の野草が昔からあったとは・・・。
最初に発見した人は凄い大発見ですよね。

そういう訳で「毒蛇の弥平次」は、伊賀の里の科学者のような存在です。

徳富さん自身、タレント業の他にパソコンの仕事もされていて、このブログのペ-ジも、徳富さんに作っていただいたのです。

「毒蛇の弥平次」が「戦国伊賀の科学者」なら、徳富さんは「平成の科学者」ですよね、まるで。
「らん子のブル-ス三部作」と、「お茶子のブル-ス」では、シリアスな男色家を演じて大好評だった「林家染雀」さん。
今回は、男色家に封印して忍者の役です。

「鼠の染丸」は、伊賀の百地家での「下忍頭」です。
百地三太夫などは上忍で、その下に「中忍」
そして、忍者組織の末端に「下忍」達が存在する訳ですが、「下忍頭」とは、末端の「下忍」達の頭。
いわば中間管理職の一番下とでも言いましょうか。

染雀さんの忍者役に関しては、最初は殺陣なんか出来るかなぁ・・・と懸念していたのですが、これが見事なのです。

聞けば日本舞踊の心得があるとか。
踊りをされていた方は、殺陣の構えも様になるのです。

「女忍のブル-ス」幕が開くと同時に、染雀さんの殺陣シ-ンから始まります。
お楽しみに!

さて、「鼠の染丸」という役名ですが、染雀さんの師匠が「林家染丸」師匠。
一番弟子ではない染雀さんが、「林家染丸」の名を襲名する可能性が少ないので、せめてこの芝居の中だけでも「染丸」という憧れの名を呼ばれるのはどうか・・・と、思ったのですが。

逆に由緒あるお名前を「下忍頭」の名前にしてしまったことを、染丸師匠、お許しください。

染雀が師匠にしくじらなければ良いのですが・・・。


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