萩原芳樹のブログ
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ヨンちゃんは野球が得意であった。
隣家に住んでいた婆ちゃんの末っ子、つまり叔父さんがヨンちゃんの5つ年上で、「芳樹、キャッチボ-ルするから、キャッチャ-やれ!」と、幼稚園の頃から、5つ年上の叔父さんのキャッチボ-ルの相手をさせられていた。 その頃のヨンちゃんは、引きこもり気味に一人遊びばかりしていたので、父親が叔父さんにお願いしてのことだったのかも知れない。 5つ年上の叔父さんのキャッチボ-ルは、「巨人の星」さながらの特訓であった。 5つ年下の幼稚園児というのに容赦はしない。 ビュンビュンと剛速球を投げて来て、ボ-ルを後ろにそらすと叱る。 その上、変化球のカ-ブまで投げて来るのである。 当然のごとく、ヨンちゃんは小学一年生では、ダントツに野球の上手い子供に成長していた。 その叔父さんの勧めで、町内の少年野球チ-ムに一年ながら入団した。 今でいえばリトルリ-グである。 ユニフォ-ムを買ってもらった。 しかし、当時さすがに小学一年レベルのユニフォ-ムは、スポ-ツ店にはなかった。 ヨンちゃんは、ブカブカのユニフォ-ムで、チ-ムの練習に加わる。 でも、日暮れまで球拾いばかり。 背番号がほしかった。 ヨンちゃんは、当時「大毎オリオンズ」の山内選手の大ファンだったので、背番号「8」をつけてもらった。 が、すでにチ-ム内には背番号8の人がいたので、ヨンちゃんは「3」を足して、「38」の背番号を背負うことになった。 それでなくても、ブカブカのユニフォ-ム。 そこで大きな「38」の背番号である。 ヨンちゃんは、新しい背番号をつけて練習場に行ったところ、みんなから大笑いされた。 「オマエ、背番号が歩いているみたいやな」 「38て、ウソの38(サンパチ)か?」 少年野球チ-ムの構成は、4年生以上であった。 一年生のヨンちゃんは置いてけぼりの存在。 6年の叔父さんは、さすがチ-ムの3番バッタ-で、カッコ良かった。 「これはヤバイ。誰か仲間を見つけよう」 と、ヨンちゃんは、クラスの中でも、抜群の運動神経を誇る「ヤスオ」ちゃんに声をかけた。 ヤスオちゃんは、一年ながら地上回転(トンボ)もできる友達だった。 こうして、ヨンちゃんは、ヤスオちゃんと少年野球チ-ムで球拾いを一緒にすることになった。 PR |
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