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萩原芳樹のブログ
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トコトントコトントコトン ベンベン
トコトン ベンベン
トコトン ベンベン
下座三味線の音と、太鼓の音が鳴り響く。

ここは「笑楽座」と呼ばれる大阪ミナミにある小さな寄席小屋の楽屋である。
若手落語家の「遊々亭笑遊」が扇子と手ぬぐいを持ち、難しそうな表情で舞台に向かう。
「お願い致します!」
と、元気な若い女性の声が響いた。
「レモン・イチゴ」という芸名こそつけてもらってはいるが、まだ舞台経験もない女性漫才コンビだ。

「お願い致します!」
と、深々と頭を下げて笑遊を舞台に送り出す。
寄席の世界では、舞台に上がる前には、
「お願い致します」で、
舞台を終えて楽屋に戻って来た芸人さんには、
「お疲れ様でございました」
と、挨拶するのが決まり事になっている。

逆に舞台に出る方は、
「お先に勉強させていただきます」
と、舞台に向かう。

お茶子の「きみえ」さんと、「ますみ」さんが、ソワソワした様子でやって来た。
お茶子さんとは、楽屋の世話をするオバサン達のこと。
「レモンちゃんにイチゴちゃん、あんた等の師匠はまだかいな」
と、心配そうに声をかけた。

レモンとイチゴの師匠は「こまどり娘」という売り出し中の女性音曲トリオである。
女性3人が、それぞれ楽器を持ち、漫才の合間に楽器の生演奏で歌を聴かせるスタイルが、その頃どこの寄席小屋でも人気の存在であった。
衣装も華やかであり、女性3人が楽器を持って歌うという漫才スタイルは舞台に花が咲いたようで寄席小屋もパッと明るくなったものである。

「こまどり娘」の3人のメンバ-を紹介しておこう。
「柳流亭らん子・ぴん子・ぽん子」という3人。
終戦から昭和30年代にかけて、浪曲師あがりの「柳流亭おまん」という女流漫才師が寄席の人気者であった。
その「柳流亭おまん」の3人の弟子で結成されたのが「こまどり娘」である。

一番弟子でリ-ダ-の「らん子」は、師匠譲りのノドが自慢。
二番弟子の「ぴん子」は、浪曲師の家の子として生まれ、天才浪花節少女と呼ばれながらも、海外で修行を積んだという変わり者である。
そして、三番弟子の「ぽん子」は、岡山から中卒の集団就職で大阪の工場に働いていたが、「おまん」に憧れて弟子入りしたという経歴。

「ぴん子」と「ぽん子」が楽屋にやって来た。
「ぴん子」は、小柄にして繊細な神経を持ち、時代のセンスに遅れまいと普段着にも気を使っている女性。
一方の「ぽん子」は、まるで呑気な「ただのデブ」であった。

出番の時間が迫っているというのに、リ-ダ-の「らん子」は楽屋に現れない。
どんどん時間ばかりが経過して行く。
「リ-ダ-のらん子は、いったいどこへ行ってしまったのだろうか。らん子の身に何が起ったのだろうか」
「らん子」抜きでは舞台には上がれない・・・。
何しろ客は、「こまどり娘」の漫才よりも、「らん子」のノドを楽しみに足を運んでくれているのだから。

そんなところに、元コミックバンド「スカタンボ-イズ」のメンバ-で、今はキャバレ-のギタ-弾きをしているというヘンリ-という男が、一人のキャバレ-歌手を連れて楽屋に遊びに来た。
「愛川ネネ」という少し頭の弱そうな女である。

「あんた歌手なら歌えるやろ?ニセらん子になって代わりに舞台に出てよ」

こうしてキャバレ-歌手の「愛川ネネ」が「ニセらん子」となって「こまどり娘」の一員として舞台に上がるところから、この物語は始まる。

時は昭和43年。
巷では「空前のグル-プサウンズ人気」の年であった。
そんな時代に三味線やアコ-ディオン片手に漫才を披露する音曲漫才の存在。
「こまどり娘」は、そんな新たな時代と戦って行くことになる。


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