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萩原芳樹のブログ
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ぽん子が初体験をした翌日、笑楽座の楽屋。
「♪ゆうべのことは、もう言わないで・・」
こまどり娘の弟子の、レモンとイチゴが楽屋を片付けながら、流行りの歌を口ずさんでいた。
そこに現れるぽん子。
「ゆうべのことは言わないで・・か、ウフフ」
と、ニタニタとだらしない笑顔になる。
「どうされたんですか?嬉しそうですね」
弟子のレモンが声をかけると、
「別に・・・」
と、崩れた笑顔のままであった。

「マネ-ジャ-の米沢さんが来てはるよ」
らん子が、マネ-ジャ-の米沢と一緒にやって来た。
ぽん子の崩れた笑顔を見て、
「ぽん子さん、何かええことでもあったんですか?」
と、聞くが、
「ゆうべのことは聞かないで」
と、らん子には意味不明の言葉を発してニタニタしている。

「おはようさん。ぴん子ちゃんはまだか?」
マネ-ジャ-の米沢が楽屋を見渡しながら、少し困り顔で話始めた。
マネ-ジャ-の米沢は、笑楽座に出演している芸能プロダクションのマネ-ジャ-である。
地味なス-ツを常に着ていて、真面目そうな風貌は不動産屋のオバサンにも見える。
年齢は50を過ぎていた。
元々若い頃に一度マネ-ジャ-業をしていたが、結婚・出産を重ねて一度は業界から離れていた。
子供が手のかからない年になったので、再びマネ-ジャ-業に戻ったのである。
米沢から見れば、売れないでくすぶっている若手芸人は、まるで可愛い子供達のようであった。

「実は急に大きなTVの仕事が入ったのや」
米沢の言うには、金曜夜8時からの全国ネットの番組に出演依頼があったらしい。
「うわぁ!凄いやんか、全国ネットのゴ-ルデンタイムに出られるやなんて」
ぽん子は大声で飛び上がって喜んだ。
巨体なので、ボロっちい楽屋が少し揺れた。

昭和40年代前半といえば、東京で「お笑いブ-ム」が巻き起こっていた時代。
三波伸介率いる「てんぷくトリオ」を始め、「トリオスカイライン」「ナンセンストリオ」「トリオザパンチ」「ギャグメッセンジャ-ズ」などのトリオが茶の間の人気者になっていた。
漫才コンビでは、「晴乃チックタック」の超人気コンビを筆頭に、「Wけんじ」「てんやわんや」「一平八平」「千夜一夜」「はるおあきお」「ピ-チクパ-チク」「高丸菊丸」などが毎日のようにTVに出ていた。
ピン芸人では、「東京ぼん太」が人気で「夢もチボ-もないからね」と、風呂敷包みを背負い尻を出して歩くスタイルが爆笑になっていた。

つまり演芸界は東高西低の時代であり、全国ネットで売れていた東京勢に比べると、関西勢は意気消沈していた。
こまどり娘も、最近のTV出演といえば関西のロ-カル番組ばかり。
それも、琵琶湖放送の「笑って琵琶湖」やら、和歌山放送の「爆笑!南部梅干し寄席」などのドロ-カル番組しか出演のチャンスがなかったのである。

そんなこまどり娘に、いきなり全国ネットの番組の話が飛び込んで来たのだから、ぽん子が飛び上がって喜ぶのも当然であった。
しかし、米沢の口から、恐るべき言葉が発せられた。
「それがその・・こまどり娘3人の仕事やないのや」
驚くぽん子とらん子。
全国ネットの出演依頼は、ぴん子一人だけであるという。
米沢の困り顔の原因はそういうことであった。

そんなタイミングに、ぴん子が楽屋にやって来た。
果たしてどうなのだろうか・・・つづく。


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