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萩原芳樹のブログ
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ギタ-とサックスの楽器を捨てられて、「しゃべくり漫才」一本で勝負されるようになったWヤングさん。

伝説の「シャレづくし漫才」を完成されます。
テ-マを決めて、そのテ-マのダジャレを折り込んで、「突っ込むかと思いきや、そのセリフがまたダジャレのボケになっている」というスタイルの漫才は、常に花月を爆笑の渦に巻き込んでおられました。

全国の温泉シリ-ズ、世界の国々ネタ、民謡、料理など、精力的に新ネタ作りをされ、「やすきよのライバル」という位置づけをされます。

しかし、「マンザイブ-ム」となる数ヶ月前に・・・・中田軍治師匠は、自ら命を絶って他界されてしまいました。
博打の借金の利息がどんどん膨らみ、もうどうしようもないという悲しすぎる決断でした。

中田軍治師匠は、そもそも大和高田の銀行員をされていて、友達が「東映のニュ-フェイス」のオ-ディションを受けるというので、シャレで自分も受けたところ、軍治師匠が受かってしまい、銀行をやめられ「輝ける東映映画のニュ-スタ-」の道を歩み始めます。

しかし、同期に「里見浩太朗」がいて、仕事は里見浩太朗ばかりに集中し、軍治師匠には全く映画主演のチャンスもなし。
そんなこんなしているうちに、漫才の道を選択されます。

そんな経歴のお方でしたから、本当に上品で優しい師匠でした。

借金の金額を計算して、今後どうあがいても返せる筈がないと決断されたのでしょう。
何しろ元銀行員ですから、借金の複利計算など簡単にできてしまいます。
(軍治師匠が複利計算さえ出来ない方だったらと、今になって思うのですが)

しかし、返せるあてが実はあったのです。
「マンザイブ-ム」の草分け番組となった「花王名人劇場」の第一回目は、やすしきよしさんが出演されていたのですが、実はWヤングにプロデュ-サ-がオファ-をかけようとしたタイミングに、突然の訃報だったと聞きます。
軍治師匠の計算は、あくまで関西ロ-カルで稼げる金額で、「マンザイフ-ム」で全国区で売れるという計算はされていなかったのです。

私がB&Bとして花月に出ていた頃、軍治師匠に一度だけアドバイスを受けたことがありました。
「君のツッコミな、全部パンチ型やねん。ツッコミいうのはな、なで型でいなすツッコミもあるのやで」と。

私は、やすし師匠のツッコミを見て勉強し、シャ-プなツッコミしかできませんでした。
軍治師匠のツッコミは、いなしたり、笑ってみたりと、実に多様な柔らかいテクニックを使われていたことを改めて感じました。
人柄もあったのかも知れませんね。
ツッコミの原点は、ボケる相手に怒ることです。それを怒らずに色んな方法で笑いを誘う・・・軍治師匠のツッコミは最高でした。

今でいうと、大平サブロ-さんが、軍治師匠ゆずりの柔らかいツッコミをよくされているので、一度注意して見ててください。

漫才のテクニック論まで話してしまいましたが、これを充分理解していただいた方が、「お茶子のブル-ス」をより一層楽しめると思い、予告編の一つとさせていただきました。
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