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萩原芳樹のブログ
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「お茶子のブル-ズ」6人のゲスト。
最後は「大平サブロ-」さんについてお話します。

私が「サブロ-シロ-」さんのことを初めて知ったのは、漫才ブ-ムのずっと前のことでした。

まだお二人が松竹芸能に所属していて、新人の頃だったと思います。
その頃、私は姫路で洋品店をやっていました。
車を運転していた時のこと。
ラジオから漫才が聞こえてました。
唄ネタをやっていた若手漫才なのですが、ネタのセンスといい、
漫才のかけ合いといい、最高のコンビだったので、「これ誰や?」
と、ずっと気になっていました。

暫くして、その声の主が「サブロ-シロ-」さんとわかったのですが。

実際にお会いして、ご一緒に仕事をさせてもらったのは、漫才ブ-ムの時でした。
漫才もさることながら、お二人のモノマネ芸に私は衝撃すら覚えました。

というのも、「そっくりモノマネ」は勿論のこと、そのモノマネネタのチョイスです。
それまでのモノマネといえば、レパ-トリ-は限られていました。
つまり、モノマネのモノマネを皆がしていたのです。

「サブシロ」さんは違いました。
「誰もが手をつけていない、実にマニアックなモノマネ」ばかりをされるのです。

今、モノマネといえば、「それ誰のモノマネやねん?」と、聞きたくなるような、コアなモノマネが流行りですが、サブロ-シロ-さんは、その先駆者なのですね。

そんなサブロ-さんとは、「ぶったま」「ごきブラ」等、週二本のレギュラ-番組で常にご一緒させていただき、雀々さんとの「二人会」の漫才もずっと私が書かせてもらっています。
私にとって、一番近しい一流タレントさんとでも言いましょうか。

サブロ-さんは、事務所移籍で過去にいろいろ苦労をされました。
まず松竹芸能から吉本へ。
そして、吉本をやめて独立。
で、コンビ解散後、吉本に復帰。

実は、吉本をやめる直前、私にこんな相談があったのです。
その頃、サブロ-さんとは、名古屋のレギュラ-番組でご一緒していました。

番組収録が終わり、夜ホテルに帰ってエレベ-タ-の中で、サブロ-さんと、お別れしようとした時でした。
「萩原さん、ちょっと話があるのやけど、部屋に行っていい?」
何の話だろうと、部屋の冷蔵庫からビ-ルを出して、
「それで、サブやん、話て何?」と、聞き出すと、
「実は相方が吉本やめよう言うてるんですわ。僕、返事を待ってほしいて言うてるのやけど、吉本捨てるか、相方捨てるかの選択を明日返事せなアカンのですわ。萩原さん、どう思う?」と。

突然のことに私は少し驚きましたが、
「サブやん、これは俺が元芸人で自分が同じ立場やったら・・・ということで言うけど・・・俺やったら相方捨てるなぁ」と。

「サブやんは司会もできるし器用やから、ピンになっても充分今の吉本では貴重な戦力になって、ええ位置にいることができる筈や」

助言とも言えないような、こんなことを言って「おやすみ」と、別れたのですが・・・。

一週間後、サブロ-さんは「萩原さん・・・僕やっぱり相方捨てることはできん。一緒に吉本辞めることにしましたわ」と。

その後、サブシロさんは独立して東京に進出されます。
そして、結果的にコンビは解散し、サブロ-さんは吉本に一人復帰されることになります。
(このことは先週の「ごきブラ」でも放送されていたので、ご存じの方も多いでしょう)

今サブロ-さんは、関西でも指折りのTV司会者になっておられます。
時々ふと思うことがあります。
あの名古屋の夜の私の言葉・・・そのままやっておけば、そんな遠回りの苦労をしなくても良かったのでは・・・と。

そんなサブロ-さん、日替わりゲストとして二日目の3/6に出演していただきます。
サブロ-さんのことですから、きっと計算された芸で、アドリブ部分も場内を爆笑の渦に巻き込んでくだとることだと期待しております。
お楽しみに!


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