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萩原芳樹のブログ
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可朝師匠は先代林家染丸師匠に弟子入りし、染奴という名前が落語家としてのスタ-トだったそうです。
落語に関してはズブの素人だった染奴、「師匠の脱いだ着物を片づけるのが弟子の仕事」
そう教えられて、舞台で師匠が着物の羽織を脱いだ時、「片づけなければ・・・」と、
舞台上に行き、羽織を片づけて爆笑になり、師匠に思いっきり怒られたこともあったそうです。

その後、染丸一門から、米朝一門に移り、桂小米朝から月亭可朝を襲名されています。

参議院選挙に立候補された時の公約は「一夫多妻制にする」「銭湯の男風呂と女風呂の壁をなくす」
落選されましたが、そんなふざけた公約に投票した人がいるから面白いですよね。

高座では「いや、ホンマ・・・ホンマにホンマやからね・・・」と、ホンマしか喋らずに20分間続けたという記録があります。
訳わからないのですが、何故か笑いは膨らんで最後は大爆笑となった伝説の舞台。
まさに芸術と称してもいいんじゃないでしょうか。

「R-1ぐらんぶり」が今年も2月に全国ネットのゴ-ルデンタイムに放送されます。
ピン芸と呼ばれる一人芸の頂上決戦ですが、「R-1」の「R」は落語のRです。
吉本興業のお偉いさんが、「M-1で漫才が活性化した。次は落語を活性化しなければ」としてスタ-トしたのですが・・・
でもコンテストで短時間勝負というル-ル上から、インパクトの強いピン芸が今や「R-1芸」と呼ばれるようになってしまいました。

昭和40年代、可朝師匠はすでに「R-1芸」を確立されていたのです。
もしも、その時代に「R-1」が存在してたら、ぶっちぎり優勝間違いなしだったでしょうね。

まさに奇才の可朝師匠・・・でも本当は優しい一面がある方です。
私が漫才師だった昭和47年、私はそんな優しい可朝師匠に触れることができました。
どんなことかと申しますと・・・それはまだ次にしましょう。

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