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萩原芳樹のブログ
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さて、「名古屋テレビ」(今は『メ-テレ』ですが)の深夜番組は「オジャマンないと」と、タイトルも決まり、キャスティング段階に。

「オジャマンないと」・・・つまり、番組コンセプトは「名古屋の夜の人々の心の中にオジャマしてみよう」ということ。
夜に働いている人、酔っぱらっている人、亭主の帰宅を待ちわびている主婦・・・等、様々な人とのふれあい番組にしようという訳です。

プロデュ-サ-とキャスティングの話を進める訳ですが、なかなかいい人材が思いつきません。
東京で売れているタレントさんは、ギャラ的に難しいし、ましてや名古屋でロケ番組なんかを引き受けてくれる筈もありません。

「名古屋出身で、これ・・・というタレントはいないのかなぁ」と、話をしているうちに、
「完全無欠のロックンロ-ラ-を歌っていた『アラジン』のボ-カルはどうなの?」と、私が。
「確か、名古屋の大学に通っていたと聞いたけど」

プロデュ-サ-が、早速調べて、『アラジン』のボ-カル「高原兄」さんと連絡を取ったところ、どうも乗り気でない様子とか。
仕方なく私が、東京でお会いすることになりました。
場所は渋谷の喫茶店。

待ち合わせの時間前に、その喫茶店に行ったところ、店はガラガラ。
私の横の席で、地味な青年が一人でコ-ヒ-をすすっているだけでした。
「まさか、この青年が、あのボ-カリスト?」と、思いもしたのですが、TVで拝見していたサングラスでバリバリのロックンロ-ラ-とは、ほど遠い存在でした。

暫くすると、彼の事務所の社長が現れ、喫茶店で呼び出されて、やっと社長とご挨拶を。
すると社長が「あれ?高原君、もう来ていたの?」
なんと、私の横の席にいた地味な青年こそ、アラジンのボ-カリストだったのです。

私は、新番組の企画書を見せて、番組主旨を熱く説明を。
彼は終始弱り切ったような顔で、俯き加減で聞いていました。

聞けば、「アラジン」は、すでに解散していて、「ニッポン放送」のパ-ソナリティをしていたのですが、それも最近首になったばかりとか。

「俺、もう人前に出るのは、やめようと思っているんです」と。
今は作曲の勉強をしていて、作曲家として今後生きて行くつもりだということを聞かされました。

「だったら、毎週ロケで出逢った人の曲を、毎週書いてよ。ロケでは喋らなくていいから。みんなの後からついて行くだけでいいから。お願い」
私は、しぶとく粘りました。
彼も「それなら」と、やっと承諾を。

「でも、俺名古屋の大学に通っていただけで富山の人間ですよ」と。
「そんなこと、どうでもいいよ。一緒にやろうよ!」

こうして、それから10年も続いた「オジャマンないと」の顔に、「高原兄」さんはなって行く訳です。

彼とのお付き合いは、今も続いています。
彼の結婚式の仲人を私がして、つい最近私の息子の仲人を「高原」さんにお願いしました。

その渋谷の喫茶店の出会いから、どれだけ一緒に笑い、そして一緒に泣いた思い出が作られたことでしょうか。

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