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萩原芳樹のブログ
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私が上京して間もない頃、「ラッキ-7」のマネ-ジャ-さんから連絡があり、「渋谷のNHKまて来てもらえませんか」とのこと。

実はAK(東京NHKのこと)では、毎週漫才の若手が集まって勉強会を開いているらしいのです。
漫才作家さんと、演芸番組のディレクタ-が中心となり、スタジオで新ネタを披露しては、みんなで意見を出し合うという勉強会。

スタジオに招かれると、いました、いました。
当時若手の注目株だった「Wモアモア」さんに「東京丸京平」さん、「大瀬ゆめじうたじ」さん、「大空はるかかなた」さん等、ざっとその数30名ほど。

早速皆さんに「B&Bを辞めて東京に来た団さんです」と紹介され、順に発表して行く新ネタを一緒に拝見することに。

一組の漫才が終わる度に、「あそこはこうした方が良いのでは」と、意見が飛び交います。
私は、皆さんが真面目に漫才に取り組む姿を見て感心しました。

大阪時代、他人から自分の漫才に関してアドバイスされることはありましたが、一部の尊敬していた先輩以外の意見は、右から左へ流していた私。
勿論他人の漫才に対しても、そのコンビの長所や欠点は、自分の中にしまっておいて、いい意味でも悪い意味でも参考にしていました。

ゲストとして呼ばれた私は、各組が終わる毎に意見を求められたのですが、全て「よろしいんじゃないですか」ばかり。
ホントに嫌な奴です。
「こんな奴、連れて来て失敗だった」と、招待してくださった方も後悔されたと思います。

東京の漫才界は、その頃様々な一門で構成されていました。
まず「コロンビアトップライト」一門は、全て屋号は「青空」
「リ-ガル天才秀才」一門の屋号は「高峰」
その他「Wけんじ」さんの「W一門」や「大空一門」等々。

つまり師弟関係がハッキリしているので、それだけ若手の皆さんも漫才に対する姿勢が真面目なのです。

勉強会が終わると、何人かの人に声をかけられました。
「どう?コンビを組みませんか?」と。
全て丁寧にお断りしたのですが、ある方は辛い現状話を訴えられておられました。

「相方がいなくなって何年にもなるけど、毎日壁に向かって一人で自分の書いた漫才を二役で練習ばかりやってるの。もう壁に向かって漫才やる日々から脱出したいんだよ。客前でやりたいんだよ」と。

本当に漫才が好きだったのですね。
一方の私は「売れる為なら、笑いの形は何でもいいや」と、割り切っていた男。
勿論コンビを組んでも上手く行く筈もありません。

「頑張ってください」
渋谷の駅前で別れる時、そう声をかけたのですが、彼はため息をついた後、雑踏に消えて行きました。

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