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萩原芳樹のブログ
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「ぎんざNOW」のレギュラ-は、惜しくも逃したものの、「ビッグバラエティ」で、毎週売れっ子の歌手の方々と、コントでからみをして、私は注目されるタレントになっていました。

いくつもの事務所から「ウチに所属しないか?」という、お誘いも受けましたが、何しろ東京に来て最初に所属した事務所がキャバレ-まわりのとんでもない所だったので、決めかねていました。

とりあえずTVの仕事は、六本木のマスタ-でもあるプロデュ-サ-に一任。
そして、渡辺プロからも、同じように歌手の司会の仕事を頼まれる日々。

それに加えて、大手のキャバレ-チェ-ンから話があり、一日5万円というギャラで、直接契約することに。
スケジュ-ルの空いている日は、その大手キャバレ-の仕事を入れました。
21歳にして、月百万を超える月収になっていました。
キャバレ-のショ-にしても、以前のセコイ仕事とは全く違います。
フルオ-ケストラがいて、客も千人余り、それとホステスさんを加えると二千人を前にして、舞台のセリから上がって来るというビッグ待遇でした。

アグネスチャンの専属司会に抜擢され、吉本を辞めて一年足らずで、「うめだコマ劇場」にも、出させていただきました。

しかし、21歳の若者がマネ-ジャ-もいない状態では無理がありました。

TVのレギュラ-番組の仕事と、日劇のアグネスチャンショ-がバッティングしてしまったのです。
渡辺プロで、お世話になっていた方は、
「TVのレギュラ-を一週位休ませてもらえ」と。
それだけ「日劇」に出られるという価値は凄いことだったのです。

でも、TVの方からは、
「日劇を休ませてもらえ」と。

こんな場合、事務所やマネ-ジャ-が整理してくれるものなのですが、当時の私には事務所もマネ-ジャ-もなし。
一人で解決しなければなりませんでした。

私は、お世話になっているTVのプロデュ-サ-と、渡辺プロの方と、二人で話し合っていただく場を作ることにしました。

結果、何とか両方を行ったり来たりしながら、無事スケジュ-ルをこなすことができました。

たった一人で芸能界を生きて行く限界・・・ハッキリ感じていましたが、正直誰を頼りにしたら良いものか・・・わからない状態でもあったのです。
自分では、大人の気分でしたが、今から考えてみれば、まだ21歳の青二才でしかなかったのです。
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